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習志野の応援風景 応援は試合を支配する

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「習志野ー」

この掛け声は自分を吹奏楽へといざなった

魔法の言葉だった。

この言葉は千葉県市立習志野高校伝統の応援歌

「レッツゴー習志野」の歌詞だ。

まずこの曲と同高ついて説明させていただこう。

「レッツゴー習志野」は1975年に

習志野高校吹奏楽部部員だった

根津嘉弘さんによって作曲された曲。

主にスポーツ大会での演奏においては

同高のチャンステーマとして使われている。

習志野高校吹奏楽部は200人以上の部員を誇り、

全国吹奏楽コンクールでは金賞常連の

超強豪校だ。

同行のスポーツ大会での応援は美爆音として

人気が高く、この演奏を聴くためだけに

大会に訪れるファンも多い。

私がこの応援を始めて現地で聞いたのは

20181021日に山梨で開催された

秋季高校野球関東地区大会1回戦だった。

もっともこの大会を見に行った理由は、

習志野の応援を見るためではなく、

母校桐蔭学園も出場していて、

同じ日に試合があったのが理由だ。

だが今考えると運命だったのかもしれない。

習志野高校の対戦相手は1999年に

全国高校野球選手権大会優勝の強豪、

群馬代表の桐生第一高校だ。

試合は2回に桐生第一が、

3回に習志野がそれぞれ1点を取って以降、

無得点の11で延長戦に突入した。

しかし、習志野高校吹奏楽部が

驚きのパフォーマンスを見せる。

すでに試合開始から1時間以上演奏し続けている

にも関わらず、さらに演奏の音量を引きあげた。

球場全体も徐々に盛り上がり始めた。

延長13回裏、桐生第一の本塁への

バックホームをセンター根本が阻止すると

ボルテージはさらに上昇。

すると直後の14回表、7番角田の値千金の

2点タイムリーヒットで勝ち越し。

その裏の桐生第一の攻撃をきっちり抑え

3時間39分の激闘に終止符を打った。

まさに応援の勝利だった。

この試合、習志野は何度もチャンスを

つぶしていたが、それにめげず、

吹奏楽部員による全力の応援が勝利を

呼び込んだように自分の目には映った。

しかしこの試合は、この日の夕方に起こる

奇跡の序章に過ぎなかった。

2試合の佐野日大高校対東農大三高校の

試合が終了し、いよいよ母校の試合となった。

相手は全国高校野球選手権大会2度の優勝を

誇る強豪、茨城代表の常総学院高校。

母校ももちろん強豪校だが、2003年を最後に

甲子園から遠ざかり、近年は県大会の成績も

下降気味だったため、常総学院が勝つというのが

多くの人の見方だった。

1試合での延長戦もあり、日が傾き始めた頃

試合が始まった。

試合は思わぬ方向に進む。

桐蔭学園先発の伊禮が好投。

ランナーが出てもことごとく牽制でアウトにし、

常総学院打線を抑え込む。

反対に桐蔭学園は2回と6回に1点を奪い

リードする展開となった。

ひょっとしたらひょっとするよという雰囲気が

母校サイドに流れ始め、球場全体にも

広がっていった。

しかし7回に入ると流れが一変する。

7回表の常総学院攻撃は先頭バッターの5番鈴木が

ヒットで出塁、次の一人がセンターフライで

アウトになるも7番の中山がヒットで

1アウトランナー13塁。

次は8番バッターの大高だが、2本のヒットが

いい当たりをしていただけにいやな予感が

漂っていた。

すると伊禮が放った1球目をとらえられ、

レフトスタンドへの3ランホームラン。

一気に逆転された。

ついに打たれたかと思ったのも束の間、

その後2点を追加され7回表が終わって52

一気に試合をひっくり返されてしまった。

7回に伊禮の救援に入った山崎が89回をきちっと

抑えたものの、点を取ることができなかった。

 

しかし桐蔭サイドは選手もスタンドの誰も試合を

諦めていなかった。

最初から最後まで全力で応援を続けていた。

この日の習志野対桐生第一の試合を

生で見ていた人は桐蔭側にも多く、

応援は必ず試合は変わると信じて

応援を続けていたのかもしれない。