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青の向こうへ

笹子もすなるブログといふものを、Nもしてみむとてするなり。

 

紀貫之『土佐日記』より「門出」の冒頭部分です。

このサークルを引退し、社会への扉に手をかけて「門出」を迎えようとするいま、

人生初のブログに挑戦しています。

 

私の名前は、仮にNとしましょう。

クラリネット吹きの戯言に、少しばかりお付き合いください。

 

何を隠そうわたくし、コンテストの全国大会で優勝したことがあります。

もちろんクラリネットで。

男子校に通う中学3年生のときのことでした。

私の率いたクラリネットオクテットは全国から集まった全ての高校生チームをも抜いて、

断トツの成績で全国優勝を果たしました。

リーダーだった私のもとへ、4年後うちに入学しないかと

審査員だった複数の音大の先生からオファーが来たのを覚えています。

(当時一緒に吹いていた後輩のうち数名は、本当に音大へ進学しました。

しかも私の知る限り、全員特待生として。)

 

きょうはそんな環境で楽器を吹いてきた私が、

どんな思いで音楽と向き合ってきたかについてお話します。

 

 


 

ところでみなさん。

みなさんはどんなことを「難しい」と感じますか?

 

生きてりゃいろいろあるでしょう。

勉強。仕事。人付き合い。そしてときに生きることすら。

わかります。難しいですよね。うん、難しい。

でも、これらには共通点があります。

それは、これらが「難しい」と気づきやすいことなんです。

きっと簡単に思いついたことでしょう。

 

では「難しい」と気づくことさえ「難しい」ことってどんなことでしょう。

その答えは、もちろんひとそれぞれです。

難しいからこそ、ゆっくりじっくり考えてみてください。

 

さて、この問いに対して私が答えをひとつ挙げるならば、

それは「好きなものを好きだと言うこと」です。

 

好きな人への愛の告白。

もちろん緊張しますね。失敗するかもしれない。

振られたらこの先どうなる?怖い。

 

でもこんな大それたことじゃなくても、

「好きだ」と言うことは勇気を伴うものです。

 

私が好きな料理のこと、相手は嫌いじゃないかな。

僕がアニメ好きだって言ったら、引かれないかな。

好きなものが自分にとって大切だからこそ、

言えなかった瞬間ってありませんか?

 

私は幼い頃からそうでした。

3歳からピアノを始めた私はピアノが好きでした。

でも小学校に入学してから気づくのです。

あれ、音楽って女がやるものなの?と。

 

まわりの男子が放課後サッカーや野球で遊ぶなか、私はピアノのレッスン。

ピアノが、音楽が大好きだけれど、そのことを友達に言えませんでした。

男のくせにってばかにされたくなかった。

友達と好きな曲の話をする勇気もなかった。

ピアノを初めて7年目、

小学4年生で私はピアノ生活に終止符を打ったのでした。

 


早朝の渋谷。

いつものように酒を飲み、煙草を吸う高校生。

もちろん不良。頭の悪い連中とつるむ毎日。

そんなとある男子高校生が、

徹夜して迎えた朝の渋谷の「青さ」に気がつく。

そしてその感覚を自由に表せる絵画の魅力に惹かれ、

美大への進学を考えるようになる。

 

山口つばさ先生の『ブルーピリオド』という漫画のあらすじです。

不良として知られていたことが、

「絵を描くことが好きだ」と言う勇気を邪魔する。

自分の書いた青い渋谷の絵は、誰にも理解してもらえないかもしれない。

そうして主人公・矢口は初めて気づくのです。

「好きなものを好きっていうのって 怖いんだな…」

 

 


おわかりになった方もいるかもしれません。

私はこの作品を読んで、主人公を過去の自分と重ねました。

そりゃ酒や煙草で徹夜はしませんでしたよ。

学校から徒歩圏内だった渋谷では、確かによく遊びましたが。

男子校に入学したときの、音楽を男子しか演奏していないことの衝撃。

それはまさにパラダイムシフト。

ここでまた音楽を始めようと思いました。

そして、やるからにはとことん極めようと心に誓ったのでした。

 

結局『ブルーピリオド』の矢口は、

「好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」

という美術の先生の言葉に心を動かされ、

美術部に入部して東京藝術大学を本気で目指す生活が始まります。

彼が合格するのかどうかは、ぜひ作品を読んでみてください。

https://afternoon.kodansha.co.jp/c/blueperiod.html

 

好きなものを好きだと言って、全力で向き合う。

 

私は自分の持てる時間と労力の全てを、

 

あのときクラリネットに捧げていました。

 

楽しくてしかたなかった。

 

クラリネットを吹く時間が大好きだった。

 

そしてクラリネット人生が一区切りを迎えるいま、

 

それがなんて贅沢な経験だったのかと実感しています。

 

まぎれもなく、私の青春でした。

 

 

 

実はそんな『ブルーピリオド』にメロディを与えた人たちがいました。

 

彼らの名は「YOASOBI」。

 

もはや言わずと知れたアーティストですね。

 

彼らは物語を曲にすることで音楽を作っています。

 

そして、『ブルーピリオド』をもとに生まれたのが『群青』。

 

 

 

まずはこちらのURLから、曲だけを聞いてみてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=h1Ebp1_f6Q0

 

そのあと、MV付きでもう一度聞いてみてください。

 

きっと何かの「ギャップ」を感じたことでしょう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Y4nEEZwckuU

 

地球最後の日であっても、

 

全身全霊をかけて大好きなバレエのオーディションに挑む彼女の姿が、

 

私は心に残りました。

 

 

 

歌詞を追うと、主人公の覚悟や心理的な変化が読み取れます。

 

(【 】内はNによる解釈。歌詞は一部を抜粋。)

 

 

 

<1番サビ>【好きなものとの出会いと発見】

 

感じたままに描く 自分で選んだその色で

 

好きなものを好きだと言う

 

怖くて仕方ないけど

 

本当の自分 出会えた気がしたんだ

 

 

 

<2番サビ>【その道を歩み始めて抱いた不安や葛藤】

 

感じたままに進む 自分で選んだこの道を

 

好きなことを続けること

 

それは「楽しい」だけじゃない

 

本当にできる? 不安になるけど

 

 

 

<Cメロ>【経験という裏付けが生み出す未来への強い決意と希望】

 

何枚でも ほら何枚でも

 

自信がないから描いてきたんだよ

 

何回でも ほら何回でも

 

積み上げてきたことが武器になる

 

周りを見たって 誰と比べたって

 

僕にしかできないことはなんだ

 

今でも自信なんかない それでも

 

 

 

感じたことない気持ち 知らずにいた想い

 

あの日踏み出して 初めて感じたこの痛みも全部

 

好きなものと向き合うことで 触れたまだ小さな光

 

大丈夫、行こう、あとは楽しむだけだ

 

 

 

<大サビ>【全力で向き合うことで得られた新たな自己の発見とアイデンティティの確立】

 

全てを賭けて描く 自分にしか出せない色で

 

好きなものと向き合うこと

 

今だって怖いことだけど

 

もう今はあの日の透明な僕じゃない

 

ありのままの かけがえの無い僕だ


原作もこのMVも、そして私自身の活動も、

最大のテーマは「自己表現」でした。

絵画、バレエ、音楽。

自分の思うように、感じたようにつくる。

そしてそれが自分の好きなことだと口にする。

全てを注ぎ込んで本気で向き合う。

どれも本当に、高級で素晴らしいことなのです。

 

改めて聞きます。

好きなものが大切だからこそ、

ひとに言えなかった経験はありませんか?

このブログを読んでいるあなたは、

きっと音楽に興味があってここに来たのでしょう。

恥ずかしいことなんてありません。

ぜひその思いを言葉にし、そして全力で向き合ってみましょう。

あえて口にすることで、思いがさらに深まることもあります。

メロディに自分の「好き」と「本気」が重なるとき、その音楽は、

どんなに楽譜に忠実で正確な演奏よりも、

どんなに綺麗な音色よりも、

ひとに、そして自分に、感動を与えるはずです。

 

好きなことを好きだと言う。

その難しさと大切さ。

そしてそれに全力で向き合うことで初めて得られる特別な感覚。

どうしてもこのことを、一人でも多くの人に伝えたいです。

 

だから最後に、あえてこの場を借りて。

本番前の舞台袖での緊張感も、

コンサートマスターの席からのあの景色も、

全身で浴びる拍手も照明も、

ホールに響き渡るフィナーレの余韻も、

そのどれもが私は好きです。

 

そして

音楽が、クラリネットが、みんなのことが、

本当に。本当に。

 

大好きです。